結論:オランダが2026年6月23日(現地時間)、米国主導の半導体・AI同盟「Pax Silica」へ正式に加盟した。ところが同じ週、署名のためワシントンを訪れたスフールト・スフールトスマ外国貿易相の本当の狙いは、ASMLの対中ビジネスを新たに縛る米法案「MATCH法」に反対するロビー活動だった。「同盟に入りながら、その同盟が課そうとするルールには抵抗する」——この一見ねじれた行動こそ、半導体の地政学が「米国 対 中国」という単純な構図では説明できなくなったことを映す。本稿は各種報道ベースで構造を読み解く。
何が起きたのか——加盟と抵抗の同時進行
Pax Silicaは米国が2025年12月に立ち上げた半導体・AIサプライチェーンの調整枠組みで、原材料から先端AIハードウェアまでを束ね、対中依存の低減を狙う。すでに日本・韓国・英国・豪州が名を連ね、オランダは発足式に出席しながらも署名を保留してきた。今回はEU欧州委員会と足並みをそろえる形で同日に加盟。スフールトスマ氏は「こうした枠組みに加わるなら、欧州のパートナーと十分に協調して動くことが決定的に重要だ」と説明した。表向きは「西側の結束」を演出する一手である。
なぜ矛盾するのか——ASMLの「2割」が人質に
同氏の渡米の主眼は、実は加盟ではなく米議会で審議中の「MATCH法」への反対だった。同法が成立すれば、米国はASMLに対し、比較的旧世代の装置についても中国への販売・保守を差し止める権限を持つ。ASMLの最先端EUV露光装置はそもそも2019年から対中輸出が禁じられているが、今回標的となる中位機種は、蘭経済紙Financieele Dagbladによれば今年の同社想定売上の約2割を占めるとされる。すでに止まっている最先端ではなく、「まだ売れている部分」に刃が及ぶ点が、オランダが神経をとがらせる理由だ。
構造①:輸出規制が「同盟の踏み絵」になった
ここで見えるのは、輸出規制が単なる安全保障措置ではなく、同盟内の主導権を測る「踏み絵」へと変質している構造だ。米国はファウンドリや装置メーカーを抱える同盟国に対し、規制の足並みをそろえることを事実上の加盟条件にしつつある。実際、米国は2026年4月に中国ファウンドリ大手Hua Hong向けの装置輸出を停止させており、製造装置の出荷差し止めという手段はもはや常態化している。オランダが求めるのは「国境を越えて押し付けられる規制」ではなく「各国が自らの判断で協調する規制」——つまりルールメイキングの主体でありたいという意思表示である。
構造②:装置を止めれば世界が止まる「Nexperia型」リスク
オランダの抵抗には現実的な裏付けもある。装置の販売だけでなく「保守(servicing)」まで止めれば、すでに中国に据え付けられた装置群が動かなくなり、世界の半導体生産の相当部分が停止しかねない。前例は記憶に新しい。昨年、中国がNexperia製チップの輸出を絞った際、世界の自動車メーカーは数週間で部品不足に直面した。供給網は一点を締めれば全体が詰まる。だからこそ「規制は効くが、効きすぎる」というジレンマが横たわる。ASMLが最近、最先端機が中国へ渡ったとの米側の指摘を「証拠は示されていない」と否定した一件も、相互不信の根深さを物語る。
日本・アジアへの含意
この構造は日本にとって他人事ではない。日本もPax Silica加盟国であり、先端ロジックの国産化を進めるRapidusや、世界の前工程装置を握る東京エレクトロンは、米国の規制設計とサプライチェーン再編の影響を正面から受ける。メモリでもSamsung・SK hynixがHBMへ生産をシフトし(SK hynix決算、DRAM最新動向)、AI需要が装置・材料の争奪を激化させるなか、TSMCは先端ノードの一斉値上げに動いた。規制と需給が同時に締まる局面では、「どの同盟に属し、どの規制を呑むか」が各社の収益構造を直接左右する。
まとめ——「結束」と「自律」のせめぎ合い
オランダの動きは、矛盾ではなく計算だ。同盟に加わることで「信頼できるパートナー」という立場を確保し、その立場を梃子に「既存の規制で十分だ」と主張する。半導体の地政学はいま、敵対陣営との対立だけでなく、同盟内部での主導権争いという第二の戦線を抱えている。装置という「世界で唯一無二の蛇口」を握るオランダだからこそ可能な交渉であり、今後の焦点はMATCH法が連邦議会本会議を通過するかどうかに移る(同法は委員会を通過済みで、本会議の採決は未了)。
出典:DutchNews.nl「Netherlands joins US chip pact while fighting ASML export curbs」(2026年6月24日)、Bloomberg(2026年6月24日)、Tom’s Hardware、Financieele Dagblad。記事中の数値・経緯は報道ベース。
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