結論:クアルコムが提唱するAIメモリ構造「HBC(High Bandwidth Compute)」に、サムスン電子とSK hynixが本格参画したと報じられた。これは新技術のニュースにとどまらない。AIアクセラレータのメモリが「HBM一本足」から分岐し、LPDDRという汎用メモリがAIデータセンターの主役側に戻る可能性が出てきたということだ。HBMの供給枠が2027年分まで実質完売し、価格決定権がメモリ側に移りきった局面で、演算側が「HBMを使わずに帯域を稼ぐ」逃げ道を掘り始めた。その構造を分解する。
何が起きたか──8月26日、クアルコム幹部の発言
TrendForce(2026年8月27日)が韓国メディアThe Elecの報道として伝えたところによると、クアルコムのエグゼクティブ・バイスプレジデント、ドゥルガ・マラディ氏は2026年8月26日のドイツ銀行テクノロジーカンファレンスで、サムスン電子とSK hynixがHBCの実用化に向けて協業していると明かした。
示唆的なのは、マラディ氏がインベスターデイ直後に訪韓して両社と面談した際、「反対されると思っていた」と述べている点だ。実際には両社とも前向きに反応し、協業を深める意思を示したという。両社はHBMのロードマップと並行してHBCを開発しており、クアルコムは第1世代HBC製品を来年出荷する計画だと報じられている(報道ベース)。
HBCとは何か──「メモリの下に演算を置く」設計
クアルコムが2026年6月に公表したHBCは、SoCから演算エンジンを切り離し、LPDDR DRAMスタックの下に配置する構造だ。複数のLPDDRチップを垂直に積み上げ、その最下層にアクセラレータ(XPU)となる演算ダイを置き、TSV(シリコン貫通電極)で直結する。HBMのように「演算チップの横に高価なメモリを並べる」のではなく、「安価な汎用メモリの真下に演算を潜り込ませる」発想である。
狙いは明快で、HBMと先端パッケージングのコストを回避しながら帯域と容量を確保することにある。クアルコムはHBCの実帯域を公表していないが、報道によれば現行AIアクセラレータのHBM合計帯域が21〜24TB/s程度であるのに対し、HBCは同一消費電力でHBMの6倍の帯域とトークン処理効率を実現すると主張している。従来型GPUシステム比で同電力あたり最大8倍のトークンスループット、SRAMより低いTCOという主張も伝えられる。ただしいずれもメーカー側の主張であり、第三者による実測検証は出ていない。
ロードマップは、今年後半に投入されるAI200(LPDDR5X採用、ラックあたり43TBのRAM)に続き、来年のAI250で第1世代HBCを搭載しAI200比18倍の帯域、2028年のAI300で第2世代HBCを載せて同54倍とされる。「電力あたりのトークン数」を競争軸に置いている点は、AIチップの消費電力が1kWを超え冷却と熱設計が半導体の主戦場になりつつある構造と表裏一体である。
なぜ韓国メモリ2社は「反対しなかった」のか
ここが構造的な核心だ。HBCはHBMの代替になりうる技術であり、HBMで史上最高水準の利益を上げている両社にとっては、自社製品のカニバリゼーション要因に見える。それでも前向きだった理由は、三つに整理できる。
第一に、HBCも結局はDRAMを売る話である点。積む対象がTSV付きの高価なHBMダイからLPDDRスタックに変わっても、ビットは売れる。しかも積層と検査という付加価値工程は両社が担う。
第二に、HBMの生産枠が逼迫しすぎていること。2027年分のDRAM・HBM枠がすでに実質完売し、HBMがDRAM容量の大半を食う見通しのなかでは、「HBMを買いたくても買えない顧客」が構造的に発生する。HBCはその溢れた需要の受け皿になる。既存顧客を奪うのではなく、価格と供給の壁で市場外に弾かれた層を取りにいく設計だ。
第三に、顧客の分散である。両社は上期設備投資を43兆ウォン規模まで積み上げつつ、売上に占めるNVIDIA比率の低下を志向している。GoogleがAMDと次世代TPUを共同開発するとされるカスタムASICの多極化と同様、メモリ側も「複数の演算アーキテクチャに賭ける」フェーズに入っている。
TSMCの関与が示す、パッケージング需要の「移動」
HBCのエコシステムでは役割分担が明確だ。クアルコムがコア設計・システム統合・TSV設計を、サムスン電子とSK hynixがDRAM積層を、そしてTSMCが技術統合と先端パッケージングを担うとされる。
注目すべき矛盾がここにある。HBCは「HBMと先端パッケージングのコストを避ける」思想でありながら、パッケージングの盟主であるTSMCが関与している。つまりCoWoSのような大面積インターポーザは不要になるかもしれないが、メモリスタック直下への演算ダイ実装という別種の高難度工程が新たに生まれる。装置・材料の需要は消滅するのではなく、工程間を移動するだけだ。ハイブリッドボンディング、薄化、TSV、スタック後の熱・応力管理といった領域へ需要が付け替わる。
ファウンドリ側から見れば、これは価格決定権が製造側に移りつつある流れをさらに強める材料でもある。設計企業がHBMを迂回しても、パッケージングの入口ではやはりTSMCの前に並ぶことになる。
M&A・投資の視点で見るべき論点
実務目線に落とすと、検証すべき論点は三つある。
ひとつめは、LPDDR需要の再評価だ。モバイル向けの成熟品と見なされてきたLPDDRが、AIサーバー向けの成長カテゴリーに片足を入れる。スマホ市況に連動するという前提でLPDDR比率の高いメーカーを評価している場合、その相関は崩れうる。
ふたつめは、後工程装置・材料の再配置である。HBM前提でCoWoS関連の受注を織り込んでいるサプライヤーと、TSV・薄化・ボンディングに強いサプライヤーとでは、2028年以降の景色が変わる可能性がある。日本の材料・装置企業の多くは後者に厚みがあり、メモリ各社の投資重心が増産から研究・構造開発へ移りつつある流れとあわせて、取引先ポートフォリオの点検に値する。
みっつめは、「実装されるまで信じない」という規律だ。第1世代HBCの出荷は来年、本命の第2世代は2028年である。AI計算基盤への巨額ファイナンスが積み上がる局面では、ロードマップ上の性能値が実需のように語られやすい。帯域の主張が実機で確認され、歩留まりと熱の問題が片付くまでは、HBCはHBMの代替ではなく「HBMを買えない層向けの第二市場」として評価するのが妥当だろう。
出典:TrendForce「Qualcomm Reportedly Enlists Samsung, SK hynix as HBC Memory Partners; TSMC Eyes Packaging Role」(2026年8月27日)、The Elec(2026年8月26日)、Tom’s Hardware、TechPowerUp、Investing.com掲載のDeutsche Bank Technology Conference 2026発言録。
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